
いたい年齢です。主人ともども随分と悩みました。
でも親は、何時までもついていてやれない。何時かは一人で生きて行かなければならない。「可哀想だけでは、将来この子供が苦労する」と、心を鬼にして家族全員が涙をのみ"可愛い子には旅をさせよ"のことわざにもあるように、神戸の学校に行かせることにいたしました。初めての親子の別れです。本当に辛く身を切られるような思いでした。
三歳にしてはしっかりしていて、身の回りのこともでき明るく活発で、気持ちの可愛い、そして何よりも負けず嫌いな性格でしたので、それが救いでした。あとで先生にお聞きしたことですが絶対に涙を見せない子だったそうです。
寄宿舎は四歳からですので、一年間は先生のお宅でお世話になりました。一歳下のお嬢さまがいらっしゃって、姉妹のように過ごさせて頂きました。本当に大変だったと思いますが、奥さまにも良くして頂き感謝の気持ちでいっぱいです。
四歳になり寄宿舎生活。大きなお兄さん、お姉さんたちとの共同生活です。朝早く起き、皆さんと一緒に拭き掃除、小さな体で雑巾を持つ手を赤く染め、廊下を走る姿に涙しました。また、親子遠足のときなど、楽しく過ごした帰りの電車の人混みにまぎれて、逃げ帰らなければなりません。「ママ、ママ」と呼ぶ声を耳にしながら帰る辛さ。「ごめんね、こめんね」と心で手を合わせながら帰ったものです。
二女は、小さかったので私がいない間は家族と留守番です。よく辛抱してくれました。姉がいないと一人っ子みたいなものです。我侭にならないように、姉がお休みで帰って来たとき仲
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